情緒不安定

日記?

午後6時。

昼寝というには遅い時間だがあまりの睡魔に勝てそうにはなかったので、昼寝のルーティンとも言えるようになってしまった周防パトラのASMRを聞きながら目を瞑る。

 

午後7時過ぎ。

目が覚める。しかしまだ眠かったので再度目を瞑る。

1度寝たからか少し暑くて、寝づらいと感じていたがそれでもまた眠りにつく。

 

夢。

専門時代の夢を見た。

出てくる人物は復帰したソシャゲのキャラクターであったが、光景が、というよりは夢の中の自身の感情が全く同じであった。

自分は専門学校を中退した。

それは周りに圧倒されていたのか、それとも自分の好きなことであったものが苦痛に変わるのが嫌だったからなのか、正直自分自身でもよく分かっていない部分がある。

多分、どちらも正解ではあるのだろうけど。

 

時期としては2年生の春。

自分はあまり友人が多い方ではなくて、その友人と休日に遊ぶということもとくになった。

その頃はソシャゲにハマっていて(夢のものとはまた違うものだが)、そこで知り合い、仲良くなった人たちとオフで会って遊ぶということが多かった。

身近に友人が居ることは居るが、なんというか学校の付き合いみたいな感じではあったかもしれないと今では考えてしまう。

だからこそ普段から他人とどこかに出かけて遊ぶ、ということも少なく、家に帰ってはオンライン上の友人と通話しながらゲームしてというのが日常茶飯事だったのだ。

そう考えると友人関係で問題もあるなと思う。

別に悪くはなかったけれど、オンラインの友人を優先していたから学校の友人とは段々疎遠になってしまった。

 

登下校に時間がかかるゆえに、朝早く起きなくてはならなかったが、自分は朝が弱かったのでそこも少し嫌ではあったんだと思う。

だからこそよく遅刻したり、サボったり。そんなことが多かった。

いやまぁ、そんな人間だから友人も離れるんだろうとつくづく思えるのだが。

 

他にも色々あって、自分は中退してしまった。

自分としては好きなことが嫌いになる前に離れられて良かったとは思っていたし後悔は無いと思っていたが、よくよく考えると将来に繋がる部分がなかなかにしんどくて。

どこかしらで後悔している自分もいるのだろう。

 

そうじゃなければ夢で見ることなんて無いわけだし、そんな夢を見て泣きながら起きることなんてないだろう。

 

誰かが将来に向けて努力している中で、自分は何も努力をしていない。

何もしてないというわけでもないが、学生でも退職した社会人でもない自分が何か職に就くためにすることはなんなのか。

そんなこと調べれば分かることではあるが、どうしても分からなくなってしまう。

過去に逃げた自分が、また何かを頑張って続けることが出来るのか?

資格やら技術の話で言ったら、専門に近い分野に就くことになるだろうに、それはまた逃げる展開が待っているのではないか?

何かしないと、とは思っているのに何も出来ない。

子供の頃に何となく描いていた将来設計というのは、本当の本当に夢なのかもしれない。

 

そんなことを考えてしまう、21歳最後の夕方だった。

忙しいことは有難いことなのかもしれないが、

体を休ませることが好きな自分にとっては不自由さと苦痛にしか感じられない。

かといって何もすることが無ければ

それもそれで自分にとっては苦痛であるし、

何より誰かが努力している中で自分だけ何もしていないという

罪悪感に苛まれるものがある。

 

しかし、それでも堕落を求めてしまうのは

自分がそういう人間だからなのだろうか。

しばらく書くことが無かった。というよりははてなブログの存在自体忘れかけていた。

リアルが充実し始めると、人はネットの繋がりが控えめになってしまう、いや正しくは控えたいという気持ちを手に入れるような気がした。

でも自分はネットの繋がりを控えたとしても辞めることは出来ないので、そういう所が甘いのだと感じる。

気付いたら9月になっていた。

この前は気付いたら夏になっていたのにもう9月に…という気持ちにしかならなかった。

今年は何かしたかな、と考え直しても何も出てこない。

8割以上新型コロナウイルスのせいとも言えるけれど、それでも何もしなさすぎた。

強いて言えば料理をする時間だけは増えた。

とはいえまだ今年は終わっていないので、残りの時間は有意義に使いたいところだ。

自分にとって大事な人の愛犬が死んだ。

自分はここの家族でもないので詳細は省く。それが礼儀だと信じて。

 

その人からしたら、話を聞いてくれるだけで充分ありがたい存在であったのだろうが、

自分としては気の利いた言葉も何も言えなかったし、そばにいて慰めることすら出来なかったのが辛いのだ。

大事な人であるから余計に。

その愛犬は自分もだが母親がかなり気に入っており、画像や動画もよく送って貰っていた。

だからこそ、そのお返しとしてそういう時に何かしてあげたかったのだ。

 

ただどうしても、そういう時ほど気の利いた言葉というのは出てこないのだ。

知っているとはいえ自分は部外者なのだから、余計なことを言ってしまって追い討ちをかけるように傷つけてしまうのが怖いのだ。

だから、何も出来なかった。

そばにいれば、もう少し何か出来たのだろう。

 

己の無力さを、実感した。