悪いことをした人には天罰が下る
そういう表現があると思う。そしてこの表現は間違っていないと信じて生きている。
何か悪いことをしたというわけなどでは無いが、自業自得に近しい言葉であると思っていて、今自分が人生や将来のことで悩まされているのも自業自得であると理解している。
理解しているからこそしんどいのだ。
自分は嫌なことを先延ばしにしたり、嫌なことから逃げてしまうことが多い。
将来的にそれが自分の首を絞めることになると理解し受け止めていたのか、はたまた今現在の自分が大事で、それだけに必死で何も考えていなかったのか、それとも理解しつつそれからも目を逸らしたのか。
当時のことはもう覚えていない。だが自由を優先してしまったことだけはしっかり覚えている。
有難いことに自分の人生で苦労した事はそんなに無かった。正直今の苦しみも変化を求めなければ得ることが無かった苦しみではある。
変化が無い、今のままの人生も別に悪いと思ったことも無かったのだが、人として生きてしまっている以上、この年齢になってしまった以上、気にしなければならない事が増えてしまった。ゆえに変化させなければいけなくなってしまった。
別に長生きしたいと思ったこともなく、もういっそ死んでしまった方が楽ではないのだろうか?と考えたことも何度かある。
「死ぬなんて、本当に逃げ癖しかない人間だね。」
そう言われても仕方の無い考えな気もする。(死は逃げではないと思うし、周りに迷惑のかからない死に方ならどうだっていいとは思う。)
ただ悲しんでくれる人がいる中で死を選択するのは、その人たちに対して少々失礼に思えてしまう。
せめて何かしら恩を返してが良い気もする。
そんななあなあな考えをずっとしていて、死からも逃げているのかもしれない。
本当に悪い人生などではないのだ。
愛してくれる人がいて、悲しんでくれる人がいて、笑いあってくれる人がいて、それだけで充分幸せ者だろう。
ただそれすらも投げ出してしまいたい時はあるのだ。
人間という、心の弱い生物に生まれてきてしまったので仕方ない。
長くなくてもいいと思っているからこそ、体に悪いと理解している。
白い棒に火をつけ、煙を吸い、吐く。
この行為が、なんだかんだ1番落ち着くのだ。
何かに縋って現実逃避しているから、この行為も逃げなのかもしれない。
ただ逃げ場があるのは悪いことでは無い。
今日も紫煙を見つめている。